旗頭神社|【北九州近郊の神仏】

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北九州市八幡西区陣原5丁目に鎮座しておられる旗頭神社です。
働いている事務所の氏神様なので毎月のようにお参りに行っています。

駐車場はありますが、、、

福岡・遠賀方面から小倉・黒崎方面へ国道3号線を走り、折尾を過ぎたあたりに旗頭神社はあります。

駐車場は国道3号線沿いからしか入れず、
小倉・黒崎方面から来られた方は右に曲がれません。

そして常に駐車場前の門があいているというわけでもないので、車で行かれる方は近くに瀬板の森公園があるので、そちらの駐車場、もしくは私が事業してます(有)みどり不動産・馬九の駐車場をご利用ください。
うちの事務所から徒歩3分ぐらいで付きます。その際は一言お声かけください。

手水舎はありません

一の鳥居をくぐると右手に手水舎らしき場所はありますが、水がないため手を洗うことができません。
向かって左側にはご由緒の書かれた案内板があります。

ご祭神

武内宿祢

志賀三神・住吉三神(海の神様)

大国主命・事代主命(出雲の神様)

麻生興春神霊

武内宿祢を中心に海上の神様、出雲の神様などが祀られています。

ご由緒

案内板には下記が記されています。

創建 大永二年(1523)

祭神 武内宿祢
     志賀三神 住吉三神
     大国主命 事代主命
     麻生興春神霊

二千余年の昔応神天皇は武内宿祢に筑紫路の人民視察を命ぜられた。
命を奉して武内宿祢が洞の海を過ぎるとき西北の方に怪しい声がするのでこの地に陣を構え警戒を厳にした。
陣原の地名はこれによると言い伝えられている。
明応 永正の頃(1492~1520年)、黒崎花尾の城主として遠賀一円を領有していた麻生興春が花尾城から山鹿城へ移るとき、陣原の里でしばしいこい、この亀山の地は殊の外眺めがよくて花尾の本城も望むことができる。没後はこの地に葬むるよう家臣に言い遺して旗を指し立てて標とした。
大永二年(1523)興春の遺志によって旗指神社が創建された。
慶長十一年(1606)黒崎城山の城主井上之房は、敬神の念が篤く特に武内宿祢の徳を敬慕していたので社殿の再興が行われ、之房が住まいを陣原に移す頃、旗頭社と呼ばれ陣原の産土の社として広く尊崇された。
 その後長年の風雪と共に老朽も加わったので幾度か加修改築が行われたが文久二年(1862)の社殿造営で今日に至った。
 
 旗頭神社奉賛会

以上境内案内板より

旗頭神社のご利益は?

勝ち運のご利益が頂ける

武内宿祢は 武将が尊敬し、社殿を再建したというエピソードがあるように、
天才的な軍神として信仰を集めていたようです。
そのため旗頭神社は勝ち運のご利益が頂けるパワースポットらしいです。

その他にも

本殿左手奥に金比羅山と刻まれた鳥居

旗頭神社の写真

本殿左手3号線側にお稲荷様の鳥居と椋の木

本殿右側にもお稲荷さんらしき名前の刻まれた鳥居とお社があります。

旗頭神社の写真

実際に鳥居をジーとみると稲荷の文字にみえるので、
お稲荷様なのかなと思っています。

旗頭神社の写真

お稲荷様の先に外に出る鳥居があります。裏門になりますね。
裏の鳥居にはタギツ宮とあります。宗像の姫神様らしいです。

旗頭神社の写真

武内宿禰といえば

旗頭神社の写真

武内宿禰といえば、第73代武内宿禰こと
「竹内睦泰(たけうち むつひろ) 先生 」
古事記の宇宙の著者で、塾で歴史を教えていらっしゃる
通称「むっちゃん 」 のご先祖様が祀られている神社ということになりますね。


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